2008年9月26日金曜日

ふしぎの植物学Ⅱ

以下は感想文:「ふしぎの植物学」(原著:田中修:「ふしぎの植物学-身近な緑の知恵と仕事-」、中公新書、'03)の続きである。
新潟に里帰りすると、決まってササ団子をおみやげに呉れる友人がいる。ササには独特の香りがあって郷愁を誘う。今は合成品だが昔はクスノ キから樟脳を採り防虫剤にした。ササも食われたくないから防御物質を出す。カビや腐敗菌に有効だそうだ。それでも中国ではパンダが唯一の食料としてササを 食う。蓼食う虫も好き好きを地で行っている。日本にはパンダはいないが、ササの天敵はほかにもいる。蓼食う虫がちゃんといるのだ。笹藪にはそこにしか住ま ないゴイシシジミという小型の蝶がいる。この蝶の幼虫は肉食でタケノアブラムシを食料と決めている。その名の通りこのアブラムシは竹や笹原でしか生活でき ない。金閣寺の側、衣笠山の麓、立命館大学理工学部の実験室脇に、私の秘密の狩り場があったので、このことはよく覚えている。オニグルミの樹下には雑草が 生えにくい。セイタカアワダチソウはどんどん生息圏を増やして行く。他種植物を追い払う物質を放出するためだ。生存競争は同一種の群生地内でも激しい。概 して中央部ほど背が高いのは、周囲の葉と日光を奪い合うためだ。遠赤外線は葉を通して地上に到達する。だから後発の芽は、遠赤外線を刺激指標として、周囲 よりも高く茎を伸ばすのだそうだ。植物にも一種の免疫システムがあるとは知らなかった。病原体の侵入を受けると、抗菌物質を作り、さらに周囲に侵入を知ら せる。揮発性物質で自身以外の植物にも知らせるというから、全く神秘的である。
私のHPには「花成ホルモン」の記事がいくつか出ている。「花を咲かせるものは何か-花成ホルモンを求めて」(滝本敦、中公新書、 '98)を読んでから関心を持ち続けていた。昨年の4月に奈良先端科学技術大学院の島本功教授のグループがついにそれを発見したことが報告された。花成ホ ルモン-フロリゲン-が仮説として提唱されてから70年経っていた。本書は'03年の著作であるから、それには触れられていない。滝本さんも島本さんも本 書の田中さんも京大農学部の出身である。研究が受け継がれているらしい。新聞ではほんの小さな記事だったが、全世界にまたがる研究のすそ野の広さを考えた ら、島本さんのはひょっとしてノーベル賞級の研究であったのではと思った。花成ホルモンは葉から芽に送られる。葉が花を咲かせる時期を決める。葉は正確に 夜の時間を計ることができる。15分という精度だ。夏の暑さに弱い植物は春に、冬の寒さに弱い植物は秋に種を付ける。大賀ハスの種は2000年も泥炭中で 生き続けた。種は環境変化に強いのだ。種を作る時期を春は夏至に向かって減少して行く夜の長さから、秋は冬至へ増加する長さから計って葉が花成ホルモンを 作る。
花成ホルモンにはアサガオが例に出てくる。アサガオは1年生草本の代表だ。樹木では様子が似てはいるがちょっと違う。春咲の樹木では10 月頃までに翌年用の越冬芽をやはり葉からの指令で作ってしまう。指令物質はアブシシン酸。上述の滝本先生の本には、花成ホルモンとは「日長に反応して葉で 作られ芽に送られて花芽を作らせるホルモン」となっている。だからアブシシン酸も花成ホルモンかと思うが、本書も滝本さんも花成ホルモンとしていない。よ く分からない。滝本先生の本は1年生植物に限って話を進めている。ウメ、モモ、モクレン、サクラのソメイヨシノなどは葉より先に花が咲く。花咲ホルモン (花成ホルモンではない、ややこしい、もう花芽はあるからだろう)はジベレリン。葉芽よりも花芽(つぼみ)の方が成長が早いからだ。越冬芽は一度寒さを経 験してから気温上昇に応じて成長する。成長速度は種に固有だから同じ場所なら咲く順序は変わらない。花を咲かせる機構は植物の種類が変われば変わるのでは ないかと想像するが、本書はこれ以上は触れていない。
春にオランダのチューリップを見るリバー・クルーズがあって、応募したことがあった。だが、クルーズ船の建造が間に合わず中止になった。 年齢とともに長い飛行機旅を敬遠するようになった。今思えばヨーロッパ最後の機会であったかも知れず、残念に思っている。チューリップのつぼみは球根の中 に夏には作られているそうだ。冬を経験して春に成長を開始する。球根には栄養が詰まっているからあっという間に成長し花を開く。ヒヤシンスやスイセンのよ うな球根植物も同様だそうだ。ウメやモモと花を作る機構が一見似ている。ヒガンバナも球根植物だが、つぼみを5月に作って、秋にはさっさと花を開く。他の 球根植物と違って、ヒガンバナは種が作れない。染色体が自然に出来た三倍体だからと言う。原産地の中国には種の出来る二倍体がある。球根で増殖できたから 三倍体植物が自然に闊歩することとなった。
iPS細胞の基本特許が京大に下りたと言う報道を見た。iPS細胞は、胚盤胞は作れないが、他の身体組織すべてに分化できる能力がある胚 性幹細胞である。患者の皮膚からiPS細胞を経て患部組織の複製品を育てれたら、再生医学は大進歩を遂げられると言うので騒がれている。植物の細胞は但し 書きなしの完璧な万能細胞で、分化全能性を持つ。ヒトへの応用はまだ先の先で、多分あと10年はかかると言われているのに対し、植物では接ぎ木、挿し木の 技術が大昔から普及している。その好例がソメイヨシノで、全国はおろか全世界に広まった。リンゴのふじ、ナシの二十世紀など果樹の多くはこの方法でしか栽 培面積を増やせない。ソメイヨシノもふじも二十世紀も自家不和合性と言って、自家受粉できないのである。ソメイヨシノは花が咲けばいいのだからそれでよい が、果樹は他家受粉をさすために他種の花粉を人工的に集めてめしべに付けてやらねばならぬ。我ら都会人はたとえば一枝オーナーになって嬉々として青森に出 掛けるが、育てる農家の苦労は並大抵では無かろう。
秀吉の花見で有名な醍醐寺三宝院のシダレザクラが老齢のため、組織培養で次代を育成している話は新聞でも見た。ハイブリッド米の話が出て いる。雑種第一代は父と母の長所を兼ね備えている場合が時たま起こる。イネの花は極端に小さく自家受精が大半だ。おしべを取り去って人工的に他家受精させ ても、花1つに1粒しかできないから実用にならない。ところが中国でおしべのない花を付けるイネが見つかり、それがハイブリッド米の元となったという。中 国米の60%がこのハイブリッド米だそうだ。丈夫で、収穫量が多く、味もよいと三拍子揃っているとあった。日本での利用はどうなのか、今後に留意したい。

('08/09/14)

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