2008年9月26日金曜日

志野原生氏http://www005.upp.so-net.ne.jp/shigas/WELCOME.HTMより


ふしぎの植物学

田中修:「ふしぎの植物学-身近な緑の知恵と仕事-」、中公新書、'03を読む。いのちの話は面白い。近頃読んだ理系の図書は殆どがその 関係である。物理や化学も日進月歩だが、最近の耳目をそばだてる新発見は生物に集中している。もう一つ思い当たる理由は、平均余命が五指で数えれる年齢に なり、年の功で集まった断片的知識を「学」で整理しておこうと思うようになったことだ。食うための「学」は白紙状態でもしゃにむにやったが、趣味の「学」 には味わう楽しみがなければならぬ。植物は数少ないその中の一つである。著者の甲南大教授には記憶がないが、経歴紹介には多くの著作が並んでいる。
秋の味覚・松茸は人工栽培できないか。マーケットには国産が消えて久しい。今では北朝鮮産や中国産、北米大陸産などが幅をきかす。けっこ う高価である。何10年か昔に、松茸の菌糸をタンク培養できた話を聞いたときから、エノキタケやブナシメジのような人工栽培が、いつかは可能になるのでは ないかと思っていた。本書に「キノコは青色光が好き」というコラムがあって、菌糸からキノコができるためには、青色光という刺激がいると記載されていた。 光が必需であるとは知らなかった。暗黒の中で菌糸を増殖させても、柄や傘を作るには光が必要だ。そんなことは栽培農家はとっくに承知なのだろうが、それで も松茸は天然産に限られている。その次の必要条件の解明が待たれる。本文にはモヤシを例に発芽の神秘を解説している。マメのように光が無くても発芽する種 は割と少ないそうだ。発芽したモヤシに光を当てると、茎は生長を停め子葉が緑の葉になる。地上に出たとモヤシが思うからだ。それでは商品にならないから、 伸び切らすためにはずっと暗黒で栽培せねばならぬ。もやしは好物なのに栽培法は殆ど知らなかった。
導管を通って根から葉に水が運ばれる。その機構を物理化学的に明確に説明した著作にお目にかかったことがない。本書の説明ももひとつ不明 朗である。細胞膜は半透膜で両側に濃度差のあるときは浸透圧がかかる。細胞内に水溶性物質があるために、根の表面にはこの圧がかかっている。葉の気孔から は水蒸気が蒸散する。蒸散が細胞内から水を引き出す力はどう理解したよいのだろうか。半透膜には水分子程度を通す微細毛管が繋がっているとして、その毛細 管現象つまり水の表面張力と毛管半径に理由を求めるべきであるのか。世界には100mを超す大木もあるという。導管は節を抜いた竹筒のようなもので、細胞 としては死んでいるという。途中には気泡が入り込んでいることもあろう。そんなときはどう考えるのか。
アメリカ占領軍が軍の食料に水耕栽培野菜を使っていた。当時の「日本の人糞肥料の野菜」を嫌ったためと聞いている。水耕栽培はだから半世 紀以上馴染みのある単語である。本書の水気耕栽培は水耕栽培とは空気を吹き込む点が違っているらしい。当たり前のトマトの苗を水気耕栽培すると12000 個もの実を付けるとある。なんだか未来の食料危機説、マルサスの人口論など吹っ飛ぶような話だ。著者はそんな議論のためではなく、植物が自然に生育するた めに背負っている各様のストレスの説明にこの例を取り上げた。根は同化に必要な量の何百倍もの水を葉に送る。葉が太陽熱で高温になるのを防ぐために、気化 熱を必要とするからだ。酵素の働きは高温では止まってしまう。珊瑚礁の白化現象をNHK SPが取り上げていた。海水温度が30℃をちょっと上回っただけでこのざまだ。スズメバチはニホンミツバチの蜂球攻撃であえなく討ち死にするが、蜂球の正 体は40数度の熱球だ。ニホンミツバチは筋肉を運動させて発熱するのである。40数度はニホンミツバチには致死温度ではないが、スズメバチには致死温度 だ。諏訪大社下社御柱祭の時に熱湯で有名な温泉に行った。45℃だ。41℃でも熱いのに、死ぬかと思うほどの熱湯だった。
少々種類は違っても生物の酵素は高温に弱い。その酵素が生命の源なのだ。光合成のための葉が日光で高温になるのを、なんとしても防がねば ならないのだ。気孔は蒸散口でもあり炭酸ガスの取り入れ口でもある。日中湿度が高いと気孔が開いて光合成が進行する。イネは水田で育つ。でもいつも水が張 られた水田では根が張らず、210日目の野分けが吹かずとも、実った穂の重みに耐えかねて倒れてしまう。だからその前に田の水を抜き「中干し」する。イネ は元来熱帯の植物だ。強烈な太陽が前提だ。冷却装置も強力だ。温帯の照葉樹と違い、葉の裏表に気孔を持つ。麦の7-8倍からあるという。その代わり生産性 も高い。ついでだが、いつも水につかるイネの根にはレンコンのような気道が付いている。根の活動に酸素がいるからだ。同じイネ科でもトウモロコシは、水の 消費量が半分で済む乾燥地帯向きの農産物である。理由は、C4植物で炭酸ガスの吸収効率がよいため、効率が悪いC3植物より、気孔を開けることによる蒸散 が少ないからだ。
C4植物の光合成回路は、C3植物のそれにもう一つ、薄い濃度でも働く炭酸固定経路が重なっている。人がアルコール分解サイクルを2つ持 つように、その種にとって命に関わる問題(人ではアルデヒド中毒)にはスペア・ルートとか補助ルートが備わっている場合がある。C4は熱帯原産のイネ科植 物が殆どで、猛烈日射下では光利用効率の低いC3よりも、利用効率が高くて大量の蒸散を必要としないC4の方が種の発展に向いている。サトウキビ原料のバ イオ燃料は、環境改善効果抜群と言われる。あれもC4である。ついでだが、酒に弱い人はそのメイン・ルートまたは両方を欠く遺伝的欠陥人間である。イン ターネットで調べると、同じイネ科だからだろう、トウモロコシの遺伝子をイネに植え付けてイネをC4化しようとする研究が見られる。空気中の炭酸ガス濃度 が産業革命以来増え続けて、今はもう370ppmになる。90ppmほど増加した。葉の中の光同化反応はほぼ濃度に比例するらしい。温暖化現象がなけれ ば、炭酸ガスが増えてもそう怖くなかったのである。
少々長くなりそうなので、以下は「ふしぎの植物学Ⅱ」に書くこととする。

('08/09/14)

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