2008年9月26日金曜日

朝日新聞HPより
社説

高齢者医療―麻生さん、もてあそぶな

 選挙を控えて、国民に不人気の政策を改めることはあるだろう。しかし、今回の後期高齢者医療制度の見直し話は、あまりに唐突で、あいまいな点が多すぎる。

 舛添厚生労働相は先週末、「今の制度は国民に支持されていない」として、75歳での線引きや保険料の強制的な天引きをやめると言い出した。事実上の「廃止」宣言だ。

 麻生首相も自民党総裁選のさなかに「年齢で一律にやるのはいかがかと思う。抜本的に見直す必要がある」と厚労相発言を追認した。

 ところが、この制度の必要性や利点を強調してきた与党内からは「有権者に説明がつかない」と異論が噴き出した。厚労省も「制度の根幹は維持」という立場を崩さなかった。

 けっきょく、自民党と公明党の連立政権合意には、「高齢者の心情に配慮し、より良い制度に改善する」と書かれただけだ。

 麻生内閣の発足後、見直しの議論をする厚労相直属の検討会ができた。だが、制度を根本的に変えるのか、運用面で手直しするのかは、1年かけて議論してみないと分からないという。

 これでは、後期高齢者医療制度をどうするのかについて政府・与党の基本姿勢がさっぱり分からない。

 もっとも、それが政府・与党の狙い目なのかもしれない。総選挙で野党から制度を批判されても、見直すと言えば、大きな争点になることを避けられる。そう かといって、制度を根本的に変えるとまでは約束していないので、選挙の後まで手を縛られることはない。そんな計算ではないか。

 野党が廃止法案を出したとき、政府・与党は「廃止後の新しい制度の姿も示さないで、無責任だ」と批判した。その批判は今回、政府・与党にそっくり返ってくるだろう。

 少子高齢社会で、若い世代に負担が集中し過ぎないように、税金を半分投入し、お年寄りにも保険料を負担してもらうというのが今の制度だ。一方で、高齢者には、必要な医療を受けられなくなるという不安がある。

 この制度をやめるというのなら、これから膨らむ医療費をだれが負担するのかをはっきりさせる必要がある。

 民主党は年齢や職業にかかわらずだれもが一つの制度に入る一元化を提案している。だが、自営業者らの所得をきちんとつかめない限り、公平な負担にはならない。税金をどのくらい投入するかもはっきりしない。

 支え手が減るなかで社会保障制度をどのように維持し、負担をどう分かち合うのか。それを国民にわかりやすく示し、必要な負担の議論を逃げないことこそ、与野党に求められている。

 日本の将来にかかわる社会保障制度をもてあそんではいけない。

米原子力空母―平和の要塞となれるか

 米空母ジョージ・ワシントンがその巨体を東京湾に現した。70機余りの艦載機を持つ洋上の要塞(ようさい)だ。

 横須賀を事実上の母港とする空母は1973年に配備されたミッドウェー以来4代目だが、これは初めての原子力推進艦である。

 日本の被爆体験への配慮もあって、これまではすべて通常推進型だったが、前任のキティホークの退役で米海軍の空母がすべて原子力化されるのに伴い、今回の配備となった。

 この配備は、新旧空母の単なる入れ替わりを超えた意味を持つ。

 世界に展開する米海軍だが、外国にある空母の母港は横須賀だけだ。太平洋からアラビア海までをにらむ好条件や、日本政府による手厚い支援があってのことで、横須賀は日米同盟の象徴的な存在でもある。

 横須賀を拠点とする米艦は湾岸戦争やイラク戦争でミサイル攻撃の主役を担うなど、活動の領域は日本周辺をはるかに超える。「テロとの戦い」で米軍再編が進むさなか、一段と展開能力を高めた空母がやってきたわけだ。

 シーファー駐日米大使が歓迎式典で「米国は日米同盟より重要な同盟を持っていない」と述べたのも、そうした文脈でに違いない。

 さらに、原子力空母の配備には、外洋海軍力の建設を図る中国への牽制(けんせい)という意味もある。

 米軍に基地を提供し、米軍の抑止力で日本を守る。それが日米安保の考え方だ。新空母の配備で紛争抑止力が高まることは、日本の安全に寄与する。

 だがそれと裏腹で、軍事力の展開が逆に緊張を高めることもある。中台関係が緊張した96年、2隻の米空母が台湾近海で示威行動をしたことは記憶になお鮮やかだ。米中関係も朝鮮半島問題も、外交と抑止力がうまくかみ合ってこそ平和につながる。

 また、横須賀をはじめ日本を拠点とする米軍の活動について、日本政府はもっと情報提供を受けるべきであり、納税者もそれを踏まえて同盟の運用を議論することが必要だ。

 そして、何より大事なことがある。原子力艦の安全対策だ。

 この空母に搭載された原子炉の熱出力は商業炉1基に相当する。米軍は過去に原子力艦の大事故はなかったと説明するが、日本に寄港した原潜が微量の 放射能漏れを起こしていたことが発覚したばかりだ。事故があっても、機密を理由に情報が開示されない恐れもある。横須賀や佐世保の人々が強い不安を覚える のは当然である。

 そうした事態が現実になれば、基地の安定的な提供などおぼつかない。検査態勢や情報提供の仕組みづくり、いざというときに備えた訓練の実施など、米海軍の最大限の協力を取り付けるのは日本政府の義務である。



学風か防犯か悩める京大 事件急増でも警察に拒否感

2008年9月26日6時6分


写真門がなく、学生や一般人が自由に出入りできる京都大のキャンパス=25日午前、京都市左京区、上田潤撮影

 「自由の学風」を守れ るか――。学生の自治を重んじ、夜間も校門を開放し、警察官の構内巡回を拒んできた京都大(京都市左京区)が、キャンパス内での犯罪増加に悩んでいる。警 備員や防犯カメラを増やすなど対策を強化しているが、教員や学生らからは「監視を強めすぎると、自由闊達(かったつ)な京大の気風が失われてしまう」との 声も上がる。

 5月25日未明、同区の吉田キャンパスで、自転車に乗って帰宅しようとした留学生の男性が金属バットを持った男3人に取り囲まれ、「カネを出せ」 と脅された。男性が「ない」と断ると、バットで頭や下半身を殴られて負傷。6月16日昼には、同キャンパスの理学研究科の研究室から、学生約800人分の 個人情報が入った教授のノートパソコンが盗まれた。いずれの事件もまだ未解決だ。

 京大構内での傷害や盗難などの事件は、06年度の14件から07年度は38件に急増。今年度も8月までで21件に上る。下鴨署は6月末、大学に防犯カメラの設置増など警戒を強めるよう要望した。

 京大は創立以来、「自由の学風」を校是に掲げる。権力からの独立や自治を重んじる言葉だが、こうした学生の自主性を尊重する運営が防犯面でマイナスとなっているとの指摘もある。

 東大・本郷キャンパスでは、計10カ所の門のうち車両の出入り口となる「龍岡門」を除き夜間は閉鎖。他の大半の大学でも門を夜間閉鎖しているが、京大は吉田キャンパスの校門27カ所のうち20カ所で夜間も通行が自由。暴走族らが立ち入ることもしばしばあるという。

 事件が起きない限り、警察官の立ち入りも認めないのも京大の特徴だ。安保闘争が盛んだった69年、大学と学生側との対立が激化。大学側の要請で 入った機動隊員約2千人が構内に立てこもる学生らを強制排除した。こうした対応には教員からも批判が相次ぎ、それ以来、警察官が入構する際は学生代表が立 ち会うのが原則となった



警察側は「夜でも不審者が立ち入りやすく、巡回もできないので取り締まりにくい」と指摘するが、大学側は「学生の了解がなければ警察は入れられない」との姿勢だ。

 ただ、被害の増加に大学も手をこまぬいているわけにはいかず、6月から深夜巡回のガードマンを2倍の6人に増員。盗難事件があった理学研究科は6校舎に防犯カメラ約20台を設置する方針だ。

 学生らからは「警備員を増やすのはいい」(総合人間学部3年の男子)と防犯強化に理解を示す声も上がるが、監視強化や警察介入には反対する空気が強い。 文学部4年の男子学生(23)は「防犯の必要性を否定はしないが、カメラは嫌。警察官に見張られるのも気持ちが悪い」と話す。(小林正典、小坪遊)

     ◇

 〈京都大出身で母校の教授も務めた竹内洋・関西大教授(教育社会学)の話〉 昔の大学の門にはオーラのようなものがあって、部外者が立ち入ること はほとんどなかった。しかし、今はセールスマンも遠慮なく教授室に押しかける時代。警察を入れずに大学の安全と自治を両立させたいなら、学生ボランティア で防犯組織をつくるぐらいの覚悟が必要だ。

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