2008年9月30日火曜日

志野原生氏http://www005.upp.so-net.ne.jp/shigas/WELCOME.HTMより

かぶら矢


鏃の位置にアケビかなすびの形をした木片をつけた矢を放つとブブブブーと音を発しながら飛んで行く。かぶら矢である。元寇の役に元軍を恐れさせたという記事を歴史書に見た覚えがある。それを「もののけ姫」で見た。
エボシ御前がシシ神退治に男どもを引き連れて出払っている留守のたたら場を大侍つまり大名の軍勢がおそう。急を告げにアシタカが囲みを抜 けようと走ると見張りの手から天に向かってかぶら矢が放たれる。このかぶら矢は合図の目的で使われている。私はかぶら矢を見たことはあるが、バーチャルに せよ放たれるのを見るのは初めてであったし、使われたシチュエーションも私の知識にはないものであった。だから強く印象に残った。
実はもののけ姫を見るのは今回で五回目である。年に平均して一回行くか行かないかなのに同じ映画を続けて五回も見るのは今までになかった ことである。映画自体に時代設定の良さ、スケールの大きさ、動画の見事さ、物語の現代感覚などいくつもの理由がある。定年退官で毎日が日曜になったのも理 由の一つである。私にはそれら以外にあまり批評家などからは聞かないもう一つの理由がある。局面局面の迫力魅力である。
もののけ姫にはもう一つすばらしいと感じたカットがあった。もののけ姫のサンが仇のエボシを狙ってたたら場に侵入し、大屋根を走る姿であ る。育て親の山犬同然に四つ足で走るのである。昔ノンフィクション全集か何かでインドで捕らえられた狼に育てられた少女の話を読んだことがある。赤子でさ らわれたその少女は終生狼と変わらぬ行動をとり言葉も覚えなかったとあったように思う。もののけ姫のキャラクターは矛盾が多い虚構に包まれた姿だけれども このシーンだけは私はよしとしたのであった。
「フクちゃんの潜水艦」は私が小学校の三年か四年生の時に学校が見に連れていってくれた動画である。フクちゃんとは横山隆一の新聞漫画の 主人公だから原作も彼なのだろう。潜水艦とついているから一種の戦意高揚映画だったのかも知れない。この半世紀はとっくに過ぎた作品のあるカットを私は鮮 明に歌と共に思い出す。「海の底からうまそうな匂いがするのは、潜水艦の台所で・・・・・」と言う歌で海の泡を辿って行くと潜水艦が居てその台所でフク ちゃんが料理に奮戦しているというカットである。
名作傑作でなくても心の琴線に触れるカットはところどころ見つかるものである。剣豪もの、またたびもの、捕物帖にやくざもの、ひばりであ れ橋幸夫であれ触れ方は人によって違うだろうが、プロが作る作品には必ず入っていた。台本が決まっていて泣く場所笑う場所が初めから判っている歌舞伎文楽 などと違って映画はたとえリメークでも細部は新作である。新しい作品に新しい共鳴を見つける楽しみを覚えると意外と気軽に映画館に行ける。私の若い頃は高 学歴ほど日本映画に偏見があって洋画しか行かぬと威張る人間がおったが、彼らは人生の楽しみを減らしていると感じたものである。

('97/11/25)

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