2008年10月14日火曜日



朝日新聞社説

テロ指定解除―核放棄の流れを止めるな

 米国が北朝鮮に対するテロ支援国家の指定をついに解除した。ブッシュ大統領は麻生首相に電話し、拉致問題への配慮を表明した。日本側の心配は分かるが、やむをえないのだという意思を伝えようとしたのだろう。

 苦渋の決断だったに違いない。肝心の検証の対象は北朝鮮が申告した核施設に事実上限られ、申告から漏れた核兵器の所在や数量、ウラン濃縮、核技術拡散などの疑惑を解明する足がかりはほとんど得られていないからだ。

 それでも解除に踏み切った。北朝鮮に原子炉などを封印させるところまできた流れを、ここで逆戻りさせるわけにはいかなかったためだ。解除の遅れに反発して北朝鮮が核施設を再稼働させる動きを見せたことも、米国の背中を押したように見える。

 確かに、指定解除にあたってはもっと厳密で広範な検証の約束を取りつけるべきだったろうが、今回の合意でも核兵器材料のプルトニウム抽出の実態に迫ることはできる。このままでは、流れ全体が滞ってしまいかねなかった以上、米国の選択にはそれなりの意味があると考えたい。

 指定の解除後も、ほとんどの対北朝鮮制裁は実質的には維持される。だから、ライス国務長官も解除を「形式的なものだ」と説明した。一方、解除を受けて、北朝鮮は核施設の無能力化作業の再開を表明した。

 だが、北朝鮮に核を放棄させる交渉の正念場はこれからだ。6者協議を速やかに再開して、今後の検証の具体的な内容や手順を詰めねばならない。北朝鮮に対しては、これらの場を通じて、今回あいまいにされた部分も含めて譲歩を強く迫るべきだ。

 北朝鮮がテロ支援国家に指定されたきっかけは、87年の大韓航空機爆破事件だ。日本人を装う北朝鮮の工作員が爆弾を仕掛け、乗客ら100人以上が犠牲に なった。これに先立つ83年には、ミャンマー(ビルマ)訪問中の全斗煥韓国大統領を狙った爆弾事件が起き、韓国の閣僚ら多数が死傷した。

 指定に伴い、米国は国際金融機関への北朝鮮の加盟に反対し、貿易面でも様々な制裁を科してきた。この制裁を、その後表面化した核開発をやめさせる ためのテコとしても使ってきたわけだ。解除したからといって、それを具体的な制裁の緩和につなげるには、北朝鮮の核放棄への具体的な行動が前提になること は言うまでもない。

 解除によって拉致問題が置き去りになりかねないという不安はある。だが、これで手がかりを失ったと見るのは正しくあるまい。国交正常化や経済協力という強いカードがあるからだ。再調査をはじめ、誠実な対応をいよいよ強く迫らねばならない。

 核協議と拉致問題。それをうまく絡み合わせるのが日本の外交だ。

ロス疑惑―真相を闇に葬りたくない

 事件から27年後の、あまりにも唐突な最期だった。

 「ロス疑惑」で知られる三浦和義元社長が、米国ロサンゼルス市警の留置場で自ら命を絶った。

 81年に起きた銃撃事件にかかわったとして、旅行先のサイパンで米国の警察に逮捕されたのは今年2月のことだ。逮捕状の取り消しなどを求めたが認められず、ロスに移送された矢先だった。

 発見の10分前に巡回した時には異状はなかったというが、市警の監視態勢が十分ではなかったことは否めない。市警が元社長の精神状態をどこまで把握していたのかも疑問だ。

 自殺する前後の様子や、留置場の管理責任について、ロス市警はきちんと明らかにしてほしい。日本政府も説明を求めるべきだろう。

 それにしても特異な事件だった。

 三浦元社長の妻一美さんが滞在先のロスで銃撃されて殺され、かたわらにいた元社長もけがをした。

 三浦元社長は殺人の疑いで警視庁に逮捕された。無罪を主張したが、一審は有罪。しかし、「共犯とされた実行犯」が特定されず、二審で逆転無罪となり、最高裁で無罪が確定した。

 それから5年たった今年に入って、捜査権を持つ米国の捜査当局が強制捜査に踏み切った。三浦元社長は、この時も逮捕や勾留(こうりゅう)は不当だと訴えた。知人らには「ロスで闘う」と話していたようだ。

 それなのになぜ自殺なのか、わからない。米国の法廷で、あらためて自分の考えを主張する道もあったろう。7カ月余りの拘束で不意に弱気になったのか。逮捕への抗議の意味を込めたのか。本心はうかがい知れないが、やりきれない結末だ。

 逮捕にあたり、「ロス市警は新証拠を入手している」との見方も出ていた。新証拠があったとすれば、何だったのか。もしないのなら、米国の捜査当局 はどのような根拠で立件するつもりだったのか。もはや、元社長の死により、ロスで裁判が開かれることもなくなる。米国側は、関係者の人権に配慮しつつ可能 な範囲で、手持ちの情報を明らかにしてほしい。

 この事件は、捜査よりメディアの報道が先行した点が特徴だった。週刊誌やワイドショーを中心に取材が過熱し、不確実な情報までが流された。三浦元 社長自身がメディアを相手に名誉棄損の民事裁判を次々と起こし、その多くで勝訴した。それはメディアに対して取材と報道のあり方を見直させる大きなきっか けともなった。

 一美さんを銃撃した実行犯はだれだったのか。真相はわからないままだ。今となっては、事実の究明は米国の捜査当局に期待するしかないが、真相をこのまま闇に葬りたくない。

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